今年も西ネパールの山へ

0

    労山兵庫・大阪の合同登山で西ネパールへ

     

    兵庫労山は1982年にキャリオルン6681mに初登頂した。

    隊員は20〜30代の若者たちだった。現在兵庫労山の救助隊

    の中核メンバーが隊員だった。

     

    同じ年に大阪労山はプルビチャチュ6658mに初登頂した。

    この隊も血気あふれる若者たちで構成された。

    現在大阪労山で教育の重鎮であるTさんも隊員だった。

     

    そしてあれから35年をへて兵庫・大阪が合同で西ネパールは

    フムラの未踏峰に挑む。40〜60才代の元若者が隊員。

    この山は2014年に兵庫労山の有志隊が偶然に発見した山。

    この山やまを見たとき全員が歓声をあげて写真を撮った。

    8月出発にむけて準備を始めた。

     

     


    タクプヒマール余聞9

    0

      サリ・コーラの森をぬけて

       

      8月10日、森に咲く花

       

      森を抜けて草地でキャンプ

       

      標高が高くなり天気も悪いので寒い。倒木に火をつける。

       

      テント場からヨセミテ風の岩山を見る。開拓に行く人がいるか?

       

      8月11日、岩山のふもとを歩く

       

      4100mのキャンプ地は放牧場

       

       

       

       

       

       

       


      タクプヒマール余聞8

      0

        フムラ・カルナリ川のチベット街道

         

        8月9日、ダラポリを出てフムラ・カルナリ川に沿って歩く

         

        滝の下でシャワーを浴びながら行くと岩をくりぬいた道になる

         

        ここはチベットとの交易路。コメを運ぶキャラバンと頻繁に出会う。

         

        キッチンボーイのジャパンは灯油コンロ3台を背負って運ぶ

        ラバで運ぶと壊れやすいので。名前のジャパンは本名で、父親

        が日本びいきでつけた名前。この遠征中に子供が生まれた。

        それを聞いたみんなは、名前はKOBEにしたらどう?

         

        道中は花を愛でながら

         

         

         


         


        タクプヒマール余聞7

        0

          最初のテント場

           

          8月8日ダラポリの橋を渡るとテント場

          K尻さんが一人たたずんでいる

           

          テント場でタマゴを点検すると多くが割れていた。ラバが荷を

          落として斜面に転がったのだ

           

          チベットからヤクの背で運ばて来たラサビール

           

          西ネパールは注目されている?

           

          私は西ネパールの登山やトレッキングに何度か出かけている。

          そのため時々問い合わせが寄せられる。西ネパールの情報は

          少ないのであれこれ知りたいことがあるのは分かる。

          先日アメリカ合衆国のパウエルという人から問い合わせがあった。

          私の記録がネパール政府観光省のサイトにあり、それをみての

          ことだった。私が行ったタクプヒマールに来年行くということで

          質問があった。詳しく答えて写真も送ってあげた。

          日本人の呼称・敬称がわからないので申し訳ないと恐縮していた。

          西ネパールの魅力が少しずつ知られるようになってきたのだろうか。

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           


          タクプヒマール余聞6

          0

            キャラバン開始

             

            隊荷は1トンを超えた。これを運ぶラバとウマを24頭雇う。その交渉に2日間

            かかった。宿の主であるチリンが交渉相手だ。馬方はチリンの親戚なのでええ顔

            をしたいので高いことを言う。それでもねばって折り合える金額に落ち着いた。

             

            出発前にエサ袋をぶら下げて穀物を食べさせている。普段は草だけ食べているが

            荷を運ぶ日は高カロリー食を与える。以前にウマで旅した時に一頭のウマが歩か

            なくなった。馬方が穀物を与えるのをさぼったためだ。

             

            シミコットを出ると旅人によく行きかう。

             

            3000mのシミコットから松林の中を谷底に下っていく

             

            フムラ・カルナリ川の対岸に集落が見える。向こうに行く橋が少ないので半日

            くらいかかることもある。

             

            バッティ(茶店)でコーラを飲んだら女将たちが糸を紡いでいた(左の女性)。

            自分で着物を織ったというので、その着物を右の女性に着てもらった。

            安かったら買うよ〜、とひやかす。

             

            今日は半日で泊まり場のダラポリに着いた

             

             

             

             

             

             

             

             

             



            calendar

            S M T W T F S
               1234
            567891011
            12131415161718
            19202122232425
            2627282930  
            << November 2017 >>

            selected entries

            categories

            archives

            recent comment

            links

            profile

            書いた記事数:92 最後に更新した日:2017/10/13

            search this site.

            others

            mobile

            qrcode

            powered

            無料ブログ作成サービス JUGEM